IGR沿線コラム その2 〜 二戸、座敷わらしと南部美人に会いに

2016年9月25日

  新幹線のターミナルでもある二戸駅。東口の駅前通りから馬淵川東岸の街道が以前からの市街地であるが、東北新幹線開通を機に西口から西岸側が区画整理され、合同庁舎やシビックセンター、スポーツセンター等が新築・移転され、新たな市街地となった。このシビックセンターには郷土ゆかりの人名を冠した「福田繁雄デザイン館」「田中館愛橘記念科学館」と、二戸の歴史・文化を展示した「地域情報センター」がある。

二戸の歴史・文化を展示した「地域情報センター」

九戸城ジオラマ展示

  二戸の代表的名所と言えば「九戸城」である。「二戸城」の誤りではない。街道から住宅地のゆるやかな坂道を上がって行くが、なかなか城らしきものが見えず、本当にここなのか不安になる頃、「史跡 九戸城跡」の案内石碑に辿り着く。土手筋のような道を抜けると、いきなり城跡の緑の絨毯が広がる。立派な天守や館はないが、それが却って城の区割りをハッキリと見せ、ちょうど訪れていた幼稚園児たちのように、うわーっと広い草原を駆け回りたくもなる。そんな素朴な九戸城跡であった。

  この「九戸」とは、地名ではなく人名。豊臣秀吉に攻められながらも粘り、領民を守って死んだこの城の主・九戸政実を偲び、地域の人々が呼称しているものだ。九戸政実の物語は、小説や舞台にもなって語り継がれている。

  さて、九戸城跡からもほど近くの市街地には、岩手の銘酒「南部美人」がある。実は今回岩手を訪れる前、鉄子さん(女性鉄道ファン)友達数名から、南部美人に立ち寄ったことがあるとの声を聞いていた。関東でもよく知られた銘柄だが、女性ファンも多いとはさすが“美人”ということであろうかと期待が高まった。
  南部美人の本社蔵は、昔ながらの民家のような建物の奥に、東日本大震災にも耐えた煙突や設備を大切に使う工場がある。ここから生まれる酒は、JALファーストクラスでも供される「純米大吟醸」や、定番の「特別純米酒」のほか、純米酒と梅のみで作られた糖類無添加の「梅酒」、「ゆず酒」「ブルーベリー梅酒」など女性にも人気のヘルシーな果実酒等、味もパッケージも多彩である。季節限定品や生産量の少ない酒もあり、ここに来てこそ出合える一品のために、二戸に来る価値もあるであろう。

  なお、南部美人本社蔵のすぐ前にはバス停「岩屋橋」があり、二戸駅からJRバスで5分で来られるので、試飲した帰りも安心だ。時間がある向きは、隣のバス停「福岡長嶺」近くにある「二戸歴史民俗資料館」にも、足を延ばして欲しい。なんと日本最古の酒の自動販売機がある。南部美人の蔵で見つかった貴重な産業遺産で、中身はもちろん南部美人の前身「久慈酒造」の酒だった。明治に作られた木造の自販機。ぜひ現物を見て驚いて欲しい。

  宿は座敷わらしの里・金田一温泉へ。再建されたばかりの「緑風荘」に泊まった。
  座敷わらしは幸せをもたらす子供の妖怪・精霊で、この緑風荘には、足利尊氏に追われて当地で病死した公家の子供「亀麿」が座敷わらしとなり、棲みついていると伝えられる。
  しかし渋く歴史のあった緑風荘の旧建物は、2009年に火事で焼失してしまった。幸い人的被害はなく、亀麿クンも裏手の亀麿神社で無事だったよう。その後ご贔屓の皆さんの募金など協力を得て、2016年に新しく再建されたばかりである。復活を待ちわびた多くの人で、連日賑わっているそうだ。宿のお姉さんに「とても新しくてステキになりましたが、座敷わらしはちゃんと来てくれていますか?」と尋ねると、「亀麿クンの居場所は、同じ所に作ってあるので大丈夫です」と応えられた。なるほど畳敷きのロビーにも亀麿クンの部屋「槐の間」にも、お供えの人形や色紙、寄せ書きノートが置かれ、亀麿クンのモテモテぶりは間違いないようだ。

  ちなみに私は2013年にも金田一温泉に泊まっており、その時の宿は作家三浦哲郎ゆかりの「きたぐに旅館」だった。三浦の代表作「ユタと不思議な仲間たち」にも座敷わらしが出てくる。その帰り道に亀麿神社に立ち寄ったが、緑風荘が焼失した後であり、また直前に氾濫した馬淵川の府金橋が壊れ、河川敷の馬淵川近隣公園も土砂で埋まってしまっていた。その3年後再び二戸を訪れることになるとは思いもしなかったが、きっと「きれいに直したから来てね」と座敷わらしに呼ばれたのだろう。
  実は緑風荘に泊まった夜、私は不思議な足音を聞いている。「きゅっ、ペタン。きゅっ、ペタン……」と。宿泊客が歩いているのかとも思ったが、ここの廊下の造りでそんな音がするわけない……。
  亀麿クンとの再会の感謝と、今後も幸せをおすそ分けしてもらうため、帰りしな水晶の座敷わらしお守りを一つ求めた。「恋愛運」ではなく「仕事運」を選んだのは、愛だの恋だのまで亀麿クンに頼ってはなぁという、私のささやかなミエである。

(荒木 佳代)